サムライスピリッツ
−ナコルル転生編−
その時―
どんっ・・
ナコルルは何かとぶつかった。
思わずバランスを崩し転びそうになるナコルルをその何かが受け止める。
「あっごめん・・けがはない?」
その声を聞いて思わず目を開けて顔を上げるナコルル。ナコルルと同じ
ぐらいの年齢だろうか・・・
そこには心配そうにナコルルの顔をのぞき込む青年がいた。
「どうしたの?こんなに雪をかぶって・・」
その青年はナコルルの服にうっすら積もっている雪を手で払い落としながら
一呼吸おいて心配そうにナコルルに問いかけた。
「ごめんなさい・・私・・あ、お怪我はありませんか?」
ぶつかって、呆気にとられていたナコルルは思い出したかのように
その青年に聞き返した。
今、目の前にいるその青年は今までにすれ違った人々よりも自分に優しく
接してくれている。
そして初対面だというのに本気で自分を心配してくれている。
感受性の強いナコルルはこの青年の悪意のない善意を感じ取った。
そして「暖かい心」の持ち主と言うことも・・
ナコルルは体を起こしながらその青年の目を見つめている。
青年はナコルルの視線を感じ、照れながら自分の頭を触った。
「君のなまえは?」
「私はナコルルって言います、貴方は?」
ナコルルは優しく、そしてしっかりとした口調で話しを続ける。
そして、急に寂しそうな表情をみせた。
「あの、ここは・・どこなのでしょう?・私は・」
「え、ここ?ここは札幌の大通りだよ、どうかしたの?」
青年は何気なく答えた。・・でも、青年はナコルルの表情から何かあったこと
を感じ、そして、更に優しくナコルルに問いかけた。
「ナコルルさん・・何かあったかは今は解らないけど、何か困ったこと
でもあったら話して欲しいな・・・」
ナコルルはその青年の方を向いた。そこにあるのは彼の優しい言葉、そして
澄んだ心・・
ナコルルは今まで自分の置かれていた不思議でつらいかった時間と
カムイコタンで楽しくみんなで過ごしていた懐かしさ・・
そして、一人寂しかった事とが混ざり合って言葉が出ない・・
しばらくナコルルの様子を見ていた青年は、にこりと微笑んで
ナコルルの方を見る。彼女の表情が少しこわばっている事を感じた。
ナコルルは下を向いている顔を上げた。そして・・今まで自分一人の心に
しまっていた出来事を話そうとすると、ナコルルの目から涙が一筋流れた・・
話したくても言葉が出ない・・・
「いいよ・・何があったかは知らないけど、もう心配しないで・・」
青年は彼女に小さくささやいた。
ナコルルは青年のその言葉を聞いて、涙が止まらなくなった。
「・・・私は・・・・・・」
ナコルルは青年に飛びついた。
ナコルルは青年の胸の中で言葉にならない・・ナコルルの目から大粒の涙が
あふれて止まらない。
自然の異変を感じて、カムイコタンのみんなを残して一人で旅に出てから、
一度も誰かに「甘える」事が出来なかった自分・・寂しいこと,つらいことが
あっても頼れる人がいなかった自分・・
いつも自分は微笑んでいた・・つらいことがあっても、寂しいことが
あっても。その微笑みが人を和ませること事が出来るなら・・
でも、本当に心からみんなで微笑むことが出来たら・・
ナコルルの、今まで自分の心の中に押し込んでおいた思いがどんどん
あふれ出る。
その「思い」が次から次に大粒の涙に変わって、澄んだ目からこぼれ落ちた・
「何があったか、話してくれるかい?」
青年はナコルルの目線の位置まで頭を下げて、ゆっくりと話しかけた。
ナコルルは青年を見つめ、一呼吸おいて・・そしてゆっくりと話し始めた。
「私はカムイコタンと言うところに住んでいました・・でも、自然を、
世界を滅ぼそうとする邪悪な気配を感じてカムイコタンから旅立ち、
そして、使命を果たすために全てをかけたんです・・」
ナコルルは、静かにそしてうつむき加減に話を続ける。
「そして、自分の命の光と引き替えに・・カムイ達に祈ったんです。
気付いたら私はこの世界に倒れていました・・妹も、じいさまも、ばあさまも、
そして森のみんなとも離ればなれ・・」
青年はじっとナコルルを見つめ、その話を真剣に聞いている。
「この話、信じて・・くれませんよね・・」
ナコルルは顔を上げて、青年の様子を見ながら消え入るような小さな声で
青年に話しかけた。
「僕は信じているよ・・ そんなつらいことがあったんだね・・・でも
もう心配しないで・・ナコルルさんは一人じゃない・・」
ナコルルはその青年の言葉に驚き、そして信じられない・・といった
表情で青年の方を見つめた。
青年はナコルルに、にこりと微笑んで見せた・・
「あ・・さっきはごめんなさい・・寂しかったから・・つい・・」
ナコルルは、涙を拭きながらはっと思いだしたように、
そして少し顔を赤らめながら小さな声でつぶやき、青年を見上げた。
「そんなこと、気にしなくてもいいさ・・」
そして青年は優しくナコルルに話し続ける・・
「今晩はよく冷えるね・・少しどこかで暖まろうか・・」
冬の北海道の夜は特に冷える。
青年は、ナコルルの肩が寒さでふるえているのに気付き、ナコルルの気分を
少しでも落ち着かせてあげようと気遣った。
青年は、近くに小さなレンガ造りの喫茶店を見つけ、ナコルルと一緒に入った。
青年は、窓際の席に座り、そしてナコルルの分と自分の分の紅茶を頼んだ。
店の中はぼんやりと、明るすぎることもなく、暖かい光を発している。
隅には小さな暖炉を置いていた。
ナコルルは少し落ち着かない表情で店の中を見回している。
「ナコルルさん、ここでゆっくり暖まっていこうね・・」
ナコルルはそれを聞いてやっと落ち着いたのだろう・・しばらくもしない
うちに椅子に座りながら窓越しに、夜の街明かり、そして人の流れを
じっと見つめていた。
青年は、窓ガラスに映ったナコルルの横顔に目をやった。
不思議な雰囲気を持っている少女・・はっとするような澄んだ瞳、
まだ、少し少女の面影を残している。それでいて純粋で美しい顔立ち。
「こんな女の子が・・・」
青年はさっきナコルルが自分に必死になって話してくれた事を思いだした・・・
どこにでもいる優しそうな女の子、純粋そうな女の子・・
本当なら友達と楽しい話しもしたいし、めいっぱい自分のしたい事・・
自由に遊んだりしたいだろう。そして恋もしたい年頃だろう・・
胸が締め付けられる思いだった。
青年はガラスに映るナコルルの横顔を見ながら思った。
2人の座っているテーブルに置かれた紅茶を飲みながら青年はナコルルに
話しかけた。
「あ・・ナコルルさん、まだ僕の名前いってなかったよね?」
「そう言えば・・そうでしたよね・・」
それを聞いてナコルルが静かに返す。
つづく