暗黒の力に飲み込まれた死の世界が目の前に広がっている
「おねがい・・私の命でみんなを護って・・」
彼女は手を広げ、目を閉じ、暗闇に向かう。
やがて・・彼女は暖かい光に包まれ、そして・・・
「ここは・・どこ?」

彼女は目を覚ました。辺りを見回しても、彼女にとって初めてみる世界が
広がっていた。何もないところ・ただ野原に彼女は横たわっていた。
彼女の名前は「ナコルル」。生まれは北海道の、まだ、当時は「蝦夷」と
和人に呼ばれていた,カムイコタンと言うところ。
体は小柄で、長い黒髪と、澄んだ目が美しい18歳の少女だ。
そのナコルルが今、目にしている所はなぜかアンブロジアと戦った暗黒の
渦巻く世界ではなく、そしてカムイコタンでもない。
「私は・・」
ナコルルはついさっきまで自分のおかれていた状況と、今自分がおかれている
状況が把握できないでいた。ただ、解ることは自分がまだ生きている事、
そしてあの世界を破滅に導こうとしたアンブロジアをくい止めたこと。
そして、ここは自分の生まれ育ったところではなく、目の前には全く知ら
ない世界・・
ただ一つだけ、星空だけは同じだった。
・・あの時、ナコルルは自然の異変に気付き、その原因を押さえ込む
ため、そして自然を護るため、この世に生を受けた全ての
命を護るために自分の故郷カムイコタンから旅立った。
その彼女の「優しさ」ゆえに全ての使命を自分に背負って・・
「・・私はたしか、みんなを護るために・・んっ・」
ナコルルは、軽い頭痛を感じながらも体を少し起こした。
リムルル、フチ、エカシ・・みんなどこに行ったのだろうと辺りを見回して
もやはり見あたらない。
「同じなのは星空だけ、か・・」
ナコルルは一人つぶやいた。
星を頼りに丘を降りていくナコルル。どれだけ歩いただろうか・・
「ふぅ・・」
だるさを全身に感じる。
ただ、寒さと寂しさがナコルルの気力を吸い取っていく。彼女の目には
うっすらと涙が浮かんでいた。
目の前に広がる白樺林を抜け、その先にある高台に向かった。
高台の向こうの空は何か薄ぼんやりとした、それでいてなぜか明るい空が
広がっている。
「光?」
ナコルルは無意識につぶやき、そして早足で高台にあがってその
光の元を見下ろした。
「・・・・」
ナコルルは言葉を失った・・
さっきまで暗く、寂しい森の道を歩いていたのに、そこには今までナコルルが
見たことの無いような様々な色の光の海、まるで満点に輝く星空のような
光景が広がっている。
「私は・・夢でも見ているの・・?」
ナコルルは目を閉じ自分の目をこすり、もう一度目を開け眼下に広がる
光景をみた。やはり彼女の澄んだ瞳には、光の海が写っていた。
「やっぱり夢じゃない・・」
ナコルルはそうつぶやくと、しばらくその場から「光の海」の方に目を
向けていた。どこを見るというわけでもなく、ただ漠然と眺めていた。
ナコルルはしばらくその光景を見つめていた
「もしかして、あそこには人が居るかもしれない・・」
ふいにそう思ったナコルルは、その高台から光の海の方向に山道をゆっくりと
一歩一歩降りていった。
―そこに行けば何かある―
ナコルルは思う。不思議に不安は感じない、ナコルルも自分自身、なぜ
不安を感じないのだろうかと一瞬考えたが、すぐに考えるのはやめた。
ただ解ることは、自然と光の海の元に自分の足が進んでいると言う事だけ・・
まるで何かの力に引きつけられるように・・
光の海は次第にナコルルに近づいていく。この世界でも冬なのであろう、
草はかれて、雪が積もっている。山道とは違い歩きにくい所をかき分けて
進んでいく。ナコルルの口から白い吐息がもれる。
この雑木林を抜ければ・・と言うところでナコルルは不意に足を止めた。
そして、ゆっくり目を閉じる。
今聞こえる音は何もないはずだった。
「何か聞こえる・・」
ナコルルはつぶやいた。そして、辺りを見回す。
やはり何もない、あるのは木々と雪・・
―気のせいかな?―
そう思ってまた雪の中を歩き出す。
疲れと寒さがナコルルの体力を奪っていく。
雑木林の切れ目にさしかかり、また再びナコルルは「音」らしきものを聞いた。
―間違いない―
ナコルルは少し先にある雑木林の切れ目から何気なく下をのぞき込んだ・・
「!」
ナコルルは思わず目を丸くした。
そこには今までナコルルが見たこともないような大きな、
そして広大な街が広がっている・・
光の海の正体はどこかの街の光だった。
「これは・・」
言葉が出ない。
「街だった・・というの?」
ナコルルは「信じられない」といった表情で雑木林から下を見つめる。
今までナコルルの知っているどんな街とも違う形をしている
カムイコタンとは比べられない位の数の家、家・・
そして炎とは違う色とりどりの光・・
遠目だったのでハッキリとは解らなかったが、人の気配もある。
ナコルルは急いで雑木林から抜け、山道に出た。
そして、雪深い道を走るには少々邪魔な自分の服の裾をつかみ
転がるように山道を降りる。
なんの音かは解らないが
だんだんハッキリ聞こえてくる。ナコルルは自分の身体の疲れを
忘れていた。
・・・そこには、
人、そして人・・
そしてまばゆいばかりの光を放つ看板、ナコルルにとってもちろん
どれも見たこともない物ばかり。
そして、様々な音が混じり合った「音」。
ここの人たちが着ている服もナコルルには初めて目にする物だった。
夜なのにまるで昼間のような明るさ・・
そして、今まで見たこともないような遙か上までの背丈のある建物・・
そこに並ぶ建物の全てはカムイコタンとは違っている。
ナコルルは人ごみに向かって歩き出した。
たちまち人ごみの中に飲まれるナコルル・・
「私はどこに来てしまったんだろう・・」
つぶやきながらそこに立ちつくしてしまった。
すれ違う人々は、この不思議な服装をしている少女に一様に
目を向けるが別に「大したこと」では無いのだろう。ナコルルは
自分に何気なく向けられる視線を感じ、うつむき加減で再びあてもなく
歩きだした。
周りに目線を泳がせるナコルル。周りの人間はやはりただ黙々と
歩いている。
「すみませんが・・・」
すれ違う人に思い切ってナコルルは声を掛けてみるが、視線をナコルルの方
に向けるだけ。
ナコルルは広い交差点に向かって歩いていった。
こんな「孤独」は初めてだった。人が大勢居るのに自分一人・・カムイコタンや、
チカブミコタンの人達は誰と無く声を掛けてくれていたのに・・・
人が大勢いるのにこの孤独感。ただ、いつの間にか降り出した雪は降り続いている。
声を掛けてくるのは,女を求める柄の悪そうな若い男だけ・・
「ごめんなさい・・」
ナコルルは男達の耳に届くか届かないぐらいの小さな声でつぶやきながら
その場を急ぎ足でさる。
ナコルルはその男達が追ってこないか後ろを振り向いて一歩二歩進もうとした。
その時―
つづく